市民健康講座

第361回市民健康講座(2025年3月21日)

テーマ異種心臓移植は実現するか?
講 師大阪大学 心臓血管外科 斎藤 俊輔先生
開催日時令和 7 年3月21日(金)午後2:00~3:30

重症心不全になると心臓の働きが低下し、生命を維持するために心臓移植や補助人工心臓が必要になります。しかし、日本の現状は、心臓移植の待機期間が約5年と長く、補助人工心臓でも救えない患者さんがいます。そこで、新たな治療法として異種心臓移植が注目されています。これまでにもヒトに対する異種移植の試みはありましたが、免疫の拒絶反応や感染症の問題が大きな障害となってきました。

<なぜブタの心臓なのか?>

ヒトに適した臓器ドナーとして、ブタが有望視されています。その理由は以下の通りです。

1. 心臓の大きさや機能がヒトと近い

oブタの心臓は、ヒトの心臓とほぼ同じ大きさで、構造や働きも似ています。

2. 繁殖力が高く、短期間で成長する

oブタは成長が早く、比較的短期間で臓器提供に適した大きさになります。

3. 病原体の管理がしやすい

o適切な環境で育てることで、感染症のリスクを低減できる「病原体フリー(DPF)」のブタを作ることが可能です。

4. 遺伝子改変によって拒絶反応を抑えられる

o遺伝子改変技術により、ブタの細胞表面の抗原を除去し、ヒトの免疫システムと適合しやすくする研究が進んでいます。

5. 倫理的に比較的受け入れられやすい

oチンパンジーやゴリラなどの霊長類は、ヒトに近い生物であるため、動物倫理の観点から臓器提供に用いることが難しいと考えられています。一方、ブタは食用として世界中で飼育されており、倫理的な議論が比較的少ないとされています。

<拒絶反応とその克服>

異種移植で最も大きな課題は、拒絶反応です。特に「超急性拒絶反応」と呼ばれる現象では、移植した心臓が数分から数十分で機能しなくなります。これを防ぐために、近年では遺伝子改変技術が発展し、ブタの細胞表面から拒絶反応の原因となる物質を取り除いたり、ヒトの免疫システムになじみやすくする研究が進められています。

<最新の研究と今後の展望>

2022年と2023年には、アメリカのメリーランド大学で遺伝子改変ブタの心臓をヒトに移植する試みが行われました。日本でも、遺伝子改変ブタの開発が進んでおり、将来的に安定した供給体制を確立することが目標です。今後、拒絶反応や感染症のリスクを克服することで、異種心臓移植が重症心不全の新たな治療法として実用化される可能性があります。